国際雑穀年2023は、何を残したのか

世界で進む研究と、日本の雑穀生産が抱える課題

青々としたアワの穂が広がる畑を背景に、「国際雑穀年2023は、何を残したのか 世界で進む研究と、日本の雑穀生産が抱える課題」と記したアイキャッチ画像。

2023年は、国連が定めた「国際雑穀年」でした。

世界各地で、雑穀の栄養面の特徴だけでなく、乾燥や気候変動への適応力、食料安全保障への貢献、地域に根づく食文化など、多面的な価値が発信されました。

国際雑穀年が目指したのは、雑穀を広く知ってもらうことだけではありません。

雑穀の持続可能な生産と消費を広げ、新たな市場を生み出すこと。そのことによって、小規模農家をはじめとする生産者の収入や暮らしの向上につなげることも、重要なテーマでした。国連食糧農業機関(FAO)は、雑穀の消費拡大が小規模農家の生計改善につながる可能性や、生産者と消費者に新たな市場機会をもたらすことを示しています。

国際雑穀年から3年が経過した今、改めて考えたいことがあります。

国際雑穀年によって高まった関心は、その後、何を残したのでしょうか。

国際年の後も続く、雑穀研究

国際雑穀年は、2023年限りで雑穀に関する取り組みを終えるものではありませんでした。

FAOは2024年の閉幕行事において、研究開発や官民による投資、遺伝資源の保全、持続可能な生産と消費への支援を続ける必要性を示しました。雑穀を気候変動に強く、栄養面でも価値のある作物として位置づける取り組みは、国際年の終了後も続いています。

日本でも、インドとの共同研究をはじめ、雑穀の可能性を生産へつなげる研究が進められています。

岩手生物工学研究センターを代表機関とする研究では、インド雑穀研究所などと連携し、雑穀のゲノム情報を活用した品種改良と、安定生産技術の確立を目指しています。病気に強く、日本の生産現場で育てやすい品種や系統の開発につなげる研究で、2024年度に始まり2028年度まで実施される予定です。

国際農林水産業研究センターでは、シコクビエが土壌中の窒素を効率よく利用する仕組みについて研究しています。2026年には、シコクビエの根から硝化を抑える2種類の新しい物質が発見されました。今後、肥料への依存や環境負荷を抑えた雑穀生産への活用が期待されています。

こうした研究は、雑穀の持つ可能性を科学的に明らかにし、将来の品種や栽培技術へつなげていく重要な取り組みです。

日本の雑穀生産は、減少傾向にある

世界で研究が進む一方、日本国内では、雑穀の生産基盤が弱くなっています。

「雑穀」に含まれる作物の範囲は広く、すべての品目を同じ条件で継続的に比較できる統計は限られています。

そこで、公開資料で全国と岩手県の推移を確認できるヒエ、アワ、キビ、ハトムギ、アマランサスの5品目を合計して見ると、全国の収穫量は2020年産の1,905トンから、2024年産には1,033トンとなっています。

同じ5品目について、岩手県では2020年産の396トンから、2024年産には163トンへ減少しています。品目や年による変動はありますが、中期的に見ると、生産量が大きく減少していることが分かります。

生産者の高齢化や担い手不足、収穫後の乾燥や選別を行う設備の不足など、国内の雑穀生産が抱える構造的な課題は、国際雑穀年以前から続いています。
一方で、少なくとも生産量の推移を見る限り、国際雑穀年による関心の高まりを、生産減少の流れを変えるところまで結びつけられたとはいえません。

雑穀の価値が知られることと、日本で雑穀をつくり続けられることの間には、まだ大きな隔たりがあります。

生産者の収益向上につながったのか

もう一つ考えなければならないのが、生産者の収益です。

国際雑穀年では、雑穀の市場を広げ、小規模農家や流通・加工に関わる人たちに、新たな収入の機会を生み出すことが掲げられていました。

では、日本では、国際雑穀年による関心の高まりが、国内生産者の収益向上につながったのでしょうか。

アワ、ヒエ、キビなどの生産者価格について、全国の状況を継続的に比較できる統計は限られているため、一律に判断することはできません。
ただし、日本雑穀協会が複数の産地や生産者と接するなかでは、肥料、燃料、農業機械、資材、運送などの費用が上昇する一方、雑穀の生産者価格には十分に反映できていないという声が聞かれます。

農林水産省のデータ(農業物価統計調査)によると、2020年を100とした場合の農業生産資材価格指数は、2026年4月時点で130.8となっています。農産物全体の価格指数は、米や野菜などの価格上昇によって2024年後半から上向いていますが、すべての品目の生産者価格が同じように上昇しているわけではありません。

雑穀は、栽培して収穫すれば、そのまま販売できる作物ではありません。

収穫後の乾燥、脱穀、選別、精製、保管などにも、多くの手間と費用がかかります。生産量が少ない場合には、機械や設備の費用を回収しにくく、生産物一単位当たりの負担も大きくなります。
こうしたコストが上昇しても、生産者価格へ十分に反映できなければ、収益は低下します。

また、米をはじめ、販売価格が上昇している作物もあるなかで、雑穀の価格が変わらなければ、他の作物と比べた雑穀栽培の経営上の魅力が相対的に低下する可能性があります。

限られた農地や人員を、より安定した収入が見込める作物へ振り向けることは、農業経営として自然な判断です。

雑穀を使用した商品の小売価格が上昇していたとしても、その上昇分が生産者へ還元されているとは限りません。食品企業も、加工、包装、物流、販売などのコスト上昇に直面しているためです。

さらに、新しい商品が発売されても、雑穀の使用量がわずかであったり、期間限定の企画で終わったりすれば、生産者の安定した収入にはつながりません。

全国的な価格や所得の統計が限られているため一律には判断できませんが、少なくとも、国際雑穀年による関心の高まりが、生産者の収益向上へ広く結びついたと評価できる状況にはないと考えられます。

関心を、継続的な需要と適正な取引へ

雑穀の栄養面や環境面の価値を伝えることは大切です。
しかし、その価値が商品のイメージづくりだけに使われ、生産者へ十分に還元されなければ、国内生産を維持することはできません。

必要なのは、雑穀の価値を、継続的な需要と取引へつなげることです。

食品企業には、国産雑穀を一時的な話題として使用するのではなく、その味、食感、色、加工特性を生かし、繰り返し選ばれる商品として育てる視点が求められます。

企業側にもコスト上昇があることを踏まえ、生産者、加工業者、流通、販売者が、それぞれの費用や課題を共有し、継続可能な価格と取引条件を考えていかなければなりません。

農林水産省も、持続的な食料供給には、品目ごとのコスト構造を把握し、生産から消費までの各段階で合理的な費用を考慮した価格形成を行うことが重要だとしています。

国際雑穀年の成果をつなぐ、協会の役割

日本雑穀協会の役割は、雑穀の価値を広く伝えることだけではありません。

研究、生産、加工、商品開発、流通、料理、消費をつなぎ、雑穀が継続的に生産・利用される環境を整えていくことが、これからの協会の重要な役割です。

第一に、国内の生産量、産地、生産コスト、生産者価格、需要の動きを継続的に把握し、関係者が共有できる情報として整理することです。
現在は、雑穀の生産や価格に関する全国的なデータが十分ではありません。感覚的に「減っている」「採算が合わない」と捉えるだけでなく、何がどの程度変化しているのかを確認し、課題を明確にする必要があります。

第二に、研究成果を生産と利用へつなぐことです。
新しい品種や栽培技術が開発されても、種子が生産者へ届き、実際に栽培され、食品原料として商品に利用されなければ、その成果は社会に定着しません。研究の内容を分かりやすく伝えるとともに、生産者や企業の課題を研究機関へ届ける役割も必要です。

第三に、産地と企業を、一時的ではない利用につなげることです。
産地の規模や供給可能量、品質、加工条件を把握し、それに適した商品やメニューを提案する。企業が必要とする原料の条件を産地へ伝え、双方が継続できる取引を育てる。こうした具体的な調整が求められます。

そして、国産雑穀を使用する意味や、生産を維持するために必要な価格について、消費者にも分かりやすく伝えることが大切です。

安い原料を求め続けた結果、国内でつくる人がいなくなれば、国産雑穀の市場そのものが失われてしまいます。

国際雑穀年の本当の成果は、これから決まる

国際雑穀年2023は、雑穀の価値を世界へ伝える大きな機会となりました。
その後も研究は続き、雑穀が持つ新しい可能性が明らかになっています。

一方、日本では、生産量の減少が続き、生産コストの上昇を価格へ十分に反映できないという課題があります。
国際雑穀年が掲げた小規模農家の生計向上という視点を、日本の雑穀生産にも置き直して考える必要があります。

雑穀の価値を伝えることから、その価値を継続的な需要と生産者の収益へつなげることへ。

研究と生産、産地と企業、商品と消費者を結び、日本で雑穀をつくり続けられる環境を整えていく。
国際雑穀年2023が何を残したのかは、2023年の取り組みだけで決まるものではありません。

その後の研究を生産へつなぎ、生産者が次の年も栽培を続けられる仕組みをつくれるかどうかによって、国際雑穀年の本当の成果は、これから決まっていくのだと考えています。

 

 

執筆:中西 学(一般社団法人日本雑穀協会 事務局長)
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