蕎麦研究50年、一杯のそばから見える雑穀の世界

井上直人特別顧問の新刊『教養としての蕎麦』から考える

青空と山を背景に咲くソバの花と、ざるそば、井上直人特別顧問の新刊『教養としての蕎麦』を配した、「蕎麦研究50年、一杯のそばから見える雑穀の世界」のアイキャッチ画像。

私たちにとって身近な「そば」。
その背景をたどっていくと、想像以上に奥深い世界が見えてきます。

畑で育つ「ソバ」という作物。

製粉やそば打ちの技術。
香りや食感を生み出す科学。
そして、日本各地、さらには世界各地で育まれてきた食文化。

そばには、農業、歴史、科学、地域、文化が幾重にも重なっています。

その世界を研究してきたのが、日本雑穀協会特別顧問の井上直人先生です。

50年にわたる蕎麦研究の知見をもとに、2026年8月、あさ出版から新刊『ビジネスエリートのための 教養としての蕎麦』が刊行されました。

そばの歴史、製粉・そば打ちの技術、おいしさの科学、在来種と改良品種、そば屋に息づく文化、さらには世界の食文化まで、一杯のそばを入り口に幅広い世界がわかりやすく描かれています。

そばは「麺」である前に、ひとつの穀物

「そば」と聞いて、まず思い浮かべるのは、せいろやお椀に盛られた麺かもしれません。

しかし、その出発点にあるのは、畑で育つ「ソバ」という作物です。

ソバはタデ科ソバ属の植物で、アワ、ヒエ、キビなどのイネ科の雑穀とは植物学的な分類が異なり、農学的にはキノアやアマランサスなどとともに「擬穀」に分類されます。

日本雑穀協会では、ソバも雑穀の一つとして位置づけています。

畑で育ったソバが収穫され、粉になり、打たれ、ゆでられ、一杯のそばになる。

その過程をたどっていくと、作物としての特徴だけでなく、加工の技術や食文化まで、さまざまな世界がつながっていることが見えてきます。

土地が変われば、そばも変わる

本書には、「土地が変われば、そばの味も変わる――在来種と改良品種の真実」というテーマがあります。
これは、ソバだけでなく、雑穀全体を考えるうえでも大切な視点です。

農作物の価値は、品種名や成分だけで決まるものではありません。

どのような土地で、どのような気候の中で育てられてきたのか。
その土地の人々が、どのように栽培し、加工し、食べてきたのか。

そうした長い積み重ねの中で、地域ならではの作物と食文化が形づくられてきました。

日本各地に残る在来のソバや郷土そばも、その土地の自然環境と人々の暮らしの中で受け継がれてきたものです。

一つの穀物を見るということは、そこにある土地と人との関係を見ることでもあります。

「おいしい」の向こう側にある科学

蕎麦のおもしろさは、歴史や文化だけではありません。

同じソバであっても、品種、栽培環境、収穫後の管理、製粉方法、粉の配合、水分、そば打ち、ゆで方など、さまざまな条件によって香りや食感、味わいは変わります。

何気なく感じている「おいしい」の背景には、多くの条件と技術があります。
そして、このことは雑穀の商品開発にもそのまま当てはまります。

どれほど特徴のある穀物でも、その個性を理解し、適切に加工し、おいしい食品として届けなければ、素材が持つ価値を十分に伝えることはできません。

素材を知り、その特徴を引き出し、人がおいしいと感じる形へつなげる。

一枚のせいろから見えてくるのは、穀物の価値を食の価値へ変えていくための知恵でもあります。

日本だけではない、「世界の穀物」としてのソバ

そばというと、日本の食文化という印象が強いかもしれません。
しかし、ソバは世界各地で利用されてきた穀物でもあります。

本書では、フランスのガレット、ロシアなどで食べられるカーシャ、イタリアのパスタなど、世界各地に広がるソバ利用の食文化も紹介されています。

同じソバでも、土地が変われば食べ方は変わります。

粉にする。
粒で食べる。
焼く。
煮る。
麺にする。

それぞれの地域で、人々は気候や農業、暮らしに合わせながら、その土地なりの方法でソバを利用してきました。

こうして世界に目を向けると、穀物とは単なる農産物ではなく、自然環境と人間の知恵が出会うところに生まれた食文化そのものであることが見えてきます。

一粒の穀物を深く知るということ

50年にわたり、一つの作物を研究する。
そこには、どれほど多くの発見があったのでしょうか。

そして同時に、研究を重ねれば重ねるほど、新しく見えてくるものもあるのかもしれません。

作物を見る。
畑を見る。
地域を見る。
歴史を見る。
科学を見る。
食文化を見る。

一つの穀物を深く見つめていくと、その先にはさまざまな世界がつながっています。

知ることで、食べることはもっとおもしろくなる

普段、何気なく食べている一粒の穀物にも、まだ知らない世界があります。

その背景にある品種や産地、栽培、加工、歴史、文化を少し知ることで、同じ食べものの見え方は変わってきます。

蕎麦研究50年。

井上直人先生の新刊『ビジネスエリートのための 教養としての蕎麦』は、一杯のそばを入り口に、穀物の奥深さ、そして雑穀の世界へと目を向けるきっかけとなる一冊です。

 

執筆:中西 学(一般社団法人日本雑穀協会 事務局長)
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